13,000年前の宇宙人の衛星？ブラックナイト陰謀論を解き明かす

1899年、偉大な発明家ニコラ・テスラがコロラドスプリングスの実験中に「周期的な信号」を受信したと報告したが、現代科学者はこれを地球由来の自然現象や干渉と説明している。
1927年、ノルウェーのアマチュア無線家ヨルゲン・ハルスが長遅延エコーを観測し、1973年にダンカン・ルナンがデータを再検証してエコーを地球外探査機の証拠と解釈したとされるが、ルナン自身はブラックナイト説を支持していないと述べている。
1954年、UFO研究者ドナルド・キーオーが「空軍が未知の2つの衛星を検知した」と報じたとされるが、証拠はなく多くは宣伝・話題作りと疑われている。
1960年2月、極軌道を巡る謎の暗い物体が米ソ間で話題となり、最終的には米国防総省がコロナ計画の偵察衛星「Discoverer VIII」のデブリと公表した。
1963年、Faith 7周回のマーキュリー計画中、ゴードン・クーパーが緑色の物体を見たとされるが、クーパー本人は否定し NASA 記録にもその証拠はない。
1970年代にブラックナイトの名称が登場し、由来は不明で後年の創作的ニックネームとして使われ始めたと考えられている。
1998年、スペースシャトルSTS-88の写真で黒い不規則形状の物体が撮影され、NASAは地球低軌道の断熱ブランケットの漂流として公式発表した。
NASAの説明とジェームズ・オバーグの検証によると、STS-88の物体は断熱カバーであり、乗組員のログにも断熱ブランケットが離れたと記録され、カタログ化後に大気圏再突入で燃え尽きた。
現在の宇宙監視ネットワークは数千の軌道デブリを追跡しており、未確認の大型異星衛星が存在する証拠は見つかっていない。
科学界の結論は、ブラックナイトは実在の異星人工物ではなく勘違いと神話の集合体であり、古代異星衛星の証拠は現時点で「まったくない」とされる。

ブラックナイト衛星陰謀論は、正体不明の地球外起源の物体が何千年もの間地球を周回し、人類を監視していると主張します。数十年にわたりこの伝説は、ニコラ・テスラの初期のラジオ実験からNASAスペースシャトルの写真に至るまで、異なる出来事をひとつの物語に織り交ぜてきました。科学的な論破や公式な説明にもかかわらず、ブラックナイトの物語は消えることなく、UFO愛好家、タブロイド紙、インターネットの伝承の中で生き続けています。本レポートでは、ブラックナイト衛星伝説について、その起源、証拠とされるもの、関係する著名人、メディアやポップカルチャーでの言及、さらにその主張に対する科学的反論や公式説明を中立的かつ詳細に解説します。

ブラックナイト伝説の起源と歴史的タイムライン

ブラックナイトの神話は一度に生まれたわけではなく、20世紀に起きた一連の無関係な出来事を後付けでつなぎ合わせる形で形作られてきました。その想定されているタイムラインの主な節目は以下の通りです：

1899年 – テスラの謎の信号: 有名な発明家ニコラ・テスラは、コロラドスプリングスでの実験中に奇妙な反復ラジオ信号を受信したと報告しました。テスラは、それが知的生命体、たとえば火星からの通信かもしれないと推測しました ^[1] ^[2]。（現代の科学者は、テスラが自然の電波源や人工的な干渉を受信しただけだとしていますが、陰謀論者はこれをブラックナイトと結び付けています。）テスラ自身は地球周回衛星の信号を受信したと主張していませんが、一部の人々は彼が無意識のうちにブラックナイトからの信号を受けていたと主張しています ^[3] ^[4]。
1920年代 – 長遅延エコー: 1927年、ノルウェーのアマチュア無線家ヨルゲン・ハルスは、送信後数秒遅れて跳ね返ってくる謎の長遅延エコー（LDE）を観測しました ^[5]。この不可解な反復信号は当時説明がつかず、科学者を魅了しました。数十年後の1973年、スコットランドの研究者ダンカン・ルナンが過去のLDEデータを再検証し、パターンを発見したと主張しました。エコーの遅延をプロットすると、星エプシロン・ボーエーツを示す星図になるとし、これが13,000年前から地球周回軌道にある異星人の探査機からのメッセージである可能性を示しました ^[6] ^[7]。ただし、ルナン自身はこの仮説上の物体を「ブラックナイト」と名付けておらず、自説を事実と主張したわけでもありません。彼は最終的に自分の解釈の一部は「非科学的」として撤回しました ^[8]。それでも後の語り手たちは、ルナンの13,000年前の探査機仮説をブラックナイト神話に組み込みました。
1954年 – 「2つの衛星」噂: 冷戦時代の宇宙開発競争でパラノイアが高まる中、アメリカのUFO研究者ドナルド・キーオーが、空軍が未知の2つの衛星を地球周回軌道で検知したと新聞に語りました ^[9]。（1954年当時、どの国も衛星を打ち上げておらず、スプートニクは1957年まで打ち上げられていません。）サンフランシスコ・エグザミナーやセントルイス・ポストディスパッチなどの主要メディアもこれを報じました ^[10] ^[11]。キーオーは自身のUFO本の宣伝のためだったとされるものの、証拠はありませんでした。多くの人がこの話を話題作りだと疑っています ^[12]。それにもかかわらず、地球の上空に正体不明の「人工の月」が存在するというイメージが世間に広まりました。
1960年2月 – 軌道上の謎の暗い物体: アメリカ軍が検知した正体不明の「暗い物体」（極軌道）は大きな話題となり、ブラックナイト伝説の支柱のひとつとなっています。TIME誌は、米海軍がソ連の衛星と考えられていたものを発見したと報じました ^[13]。米ソいずれも極軌道を持つ物体の所有を認めず、不安を呼びました。その後すぐに、米国防総省はそれが極秘の偵察衛星プログラムであるコロナ（Discoverer 8）のデブリであることを明かしました ^[14] ^[15]。つまり、この「謎の衛星」は実際にはアメリカの偵察計画の失われた部品であり、13,000年前の異星人の宇宙船ではありませんでした。（Discoverer 8は故障し、部品が予想外の軌道に入りました。）この公式説明はTIME誌の続報にも掲載されましたが、ブラックナイト信奉者の多くはこれを無視または軽視しています ^[16]。
1963年 – ゴードン・クーパーの宇宙での目撃談: よく引用される話のひとつにマーキュリー計画の宇宙飛行士ゴードン・クーパーが登場します。1963年のフェイス7周回ミッション中、クーパーがカプセル前方に光る緑色の物体を見た、追跡局でも未確認物体を捉えたとされます。ブラックナイト信奉者たちはこれを異星の衛星の「目撃」としています。しかし、クーパー自身がこれを否定しており、通信記録や本人の証言でもそのような宇宙船を報告した事実はないことが分かっています ^[17] ^[18]。（クーパーは他の場面ではUFO信奉者として知られていますが、それがこの噂を助長した側面があるのでしょう。）実際、マーキュリー9でブラックナイトを見たという証拠はNASA記録にはありません。
1970年代 – 「ブラックナイト」という名の登場: 1970年代になると（テスラの信号、ハルスのエコー、謎の物体など）バラバラだった話がUFO伝承の中でまとめられ、「ブラックナイト」という呼称が登場しました。この名称の由来自体は不明であり—テスラや初期報道の時点で生まれたものではなく、後年にドラマチックなニックネームとして使われ始めた可能性が高いです ^[19]。（ちなみに、イギリスでは1960年代にミサイル再突入体試験用ロケットブラックナイトプロジェクトがありましたが、軌道投入はされず、この伝説とは無関係です ^[20] ^[21]。）
1998年 – STS-88 スペースシャトル写真: ブラックナイト陰謀論が現代で再燃した契機のひとつがNASAの一連の写真です。スペースシャトルエンデバーSTS-88ミッション（1998年12月・国際宇宙ステーションの初任務）で、宇宙飛行士たちが地球低軌道に漂う黒く不規則な形状の物体を撮影しました ^[22]。地球の大気を背景に黒い物体が写ったこれらの画像はNASA公式サイトで一般公開され、瞬く間にUFO・陰謀コミュニティでの大騒ぎとなりました ^[23]。多くの愛好家が「ついに数千年周回してきたブラックナイト衛星の写真証拠が出た」と主張しました。インターネットで画像が拡散するにつれ、伝説は新たな命を得ました（この写真とその説明については後述）。

これらの出来事は本来、全く無関係のものでした。それぞれ数十年の推測を経て一つの物語に縫い合わされていったのです。ある天文学者が皮肉を込めて言ったように、「ブラックナイト伝説は、バラバラの無関係な話を切り刻み、ネット上で混ぜ合わせ、ごった煮にした支離滅裂な神話だ」 ^[24]。以下のセクションでは、この神話の主張される証拠、関わった人物、メディアやポップカルチャーでの取り上げ方、そして本当は何が起こっているのかについて科学者や公式筋の見解を検証していきます。

写真と無線による証拠とされるもの

ブラックナイト陰謀説の支持者たちは、さまざまな証拠 ― 主に異常な無線信号や不可解な画像 ― を寄せ集め、太古の異星人衛星の存在を主張しています。

謎の無線信号：この伝説の根拠は、説明のつかない無線現象にあります。ブラックナイト伝説では、ニコラ・テスラが1899年に検出した信号が、この衛星による最初の送信とされています。テスラは「周期的な」信号を受信したと書いており、番号の並びのように思われるものを知的生命体からのメッセージかもしれないと解釈しました ^[25] ^[26]。現在の科学者たちは、彼が受信したのは自然の宇宙無線バーストやバックグラウンドノイズだった可能性が高いと考えています。実際、1899年当時に人工的な無線源は存在せず、最初に確認された地球外無線源（銀河系中心）は1930年代まで発見されていません ^[27]。仮にテスラが本当に信号を受信していた場合、現代専門家はそれが「おそらく地球からの発信」で衛星ではないと示唆しています ^[28] ^[29]。また、1928年にはJørgen Halsが自身の無線送信のエコー（遅延エコー）を数秒後に受信した事例もあります ^[30]。陰謀論者は、これらのLDE（長遅延エコー）がブラックナイトからの返信だと推測します。ですが、長遅延エコーはまだ完全に解明されていないものの大気・電離層の既知の現象であり、異星物体と直接結びつける証拠は一切ありません。有名な1973年のダンカン・ルーナンの解釈も、検証された事実ではなく思考実験に過ぎず、本人も「ブラックナイト」説からは距離を置いていると述べています ^[31] ^[32]。
初期の衛星観測：無線以外にも、支持者は20世紀中頃に記録された地球軌道上の未確認物体に関する報告を証拠としています。キーオーの1954年の「2つの未知の衛星」報告や、先述した1960年の暗い物体の検知が、人類最初の人工衛星より前に何かがあった証拠とされています。しかし、詳細に調査すると、これらの主張にはありふれた説明があるか証拠がありません。キーオーの話は彼の著書プロモーション中のセンセーショナルな記事だったようです ^[33]。また、1960年の物体も、実はアメリカの宇宙のゴミ（軍事上は公にされなかったものの）、具体的にはディスカバラー偵察衛星の破片だったことが判明しています ^[34] ^[35]。要するに、初期観測で「未知の異星クラフト」が確認されたことは一度もなく、すべて人間が作った物体の誤認でした。
NASAの1998年写真証拠：ブラックナイトに関する最も説得力のある「証拠」として視覚的なものがしばしば挙げられます。1998年、スペースシャトルSTS-88ミッション中に撮影された黒い物体が地球の背景に浮かんでいる様子が写りました ^[36]。これら高解像度の写真（下記にその一つが掲載）は人々の想像力をかき立て、陰謀記事や動画で繰り返し使用されています。UFO愛好家は、この物体の奇妙な非対称形状や黒い色が太古の異星衛星でついに捉えられた証拠だと主張。しかし、NASAはより現実的な説明をしています。STS-88はISS組み立て任務中で、宇宙飛行士がモジュールにサーマルブランケット（断熱カバー）を取り付けている最中に断熱シートがジェリー・ロス宇宙飛行士の手を離れて漂流したものだったのです ^[37] ^[38]。実際、乗組員のログにも「ジェリー、断熱カバーの一つが離れていった」と記録され、ミッション司令官ロバート・カバナがアイテムが宇宙に漂う様子を無線で知らせました ^[39]。失われた断熱シート（トラニオンピンカバーとも呼ばれる）は、太陽光を受けて地球の表面の黒いシルエットとして写り、その姿が写真に捉えられました ^[40] ^[41]。このデブリはNASAにより（オブジェクト025570として）追跡・記録され、約1週間で大気圏再突入して燃え尽きたことが確認されました ^[42] ^[43]。つまり、話題の「ブラックナイトの写真」はミッション中の事故によるただの宇宙断熱材の漂流を写したもので、千年前の宇宙船ではありません。宇宙飛行士ジェリー・ロス自身も、この失われた断熱カバーに基づく陰謀説を「貴重な脳力の無駄遣い」と揶揄しました ^[44]。

1998年のNASAシャトルによる写真で、「ブラックナイト」物体が地球を周回しているとよく主張されるもの。実際にはSTS-88ミッション中、宇宙飛行士がISS船外活動で断熱ブランケットを失い、この奇妙なデブリがカメラに捉えられた ^[45] ^[46]。この物体は正式にカタログ化され、数日後には大気圏で燃え尽きたが、写真はネットで一大伝説化した。

要約すると、提示されているいずれの証拠も、謎めいた無線エコーも魅力的な画像も、古代の異星人衛星だと断定的に示すものはありません。どれも別の（地球的）説明がつきます。それでも信奉者は、こうした異常現象が複合的に何十年にもわたり存在することは、異世界の監視装置が軌道を巡っている証しだと主張しています。そしてこの信念は、さまざまな個人や宇宙関係者によって盛り上げられてきました。

関与した著名人物と宇宙機関

ブラックナイト衛星説の物語では、複数の著名人・組織が目撃証言者や（意図しない）貢献者・反論者として登場します。よく言及される主要な例を紹介します：

ニコラ・テスラ（発明家, 1856–1943）：テスラの実験的無線研究が伝説の発端とみなされています。1899年、彼は知的なものと考えられる奇妙な信号を受信しました ^[47]。テスラは火星からの通信と語り（同時代人には憶測と見なされた）ましたが、ブラックナイト伝説ではテスラが最初にこの異星衛星を感知したとして語られています。テスラ自身は軌道上の発信源だと主張したことはなく、現代科学者は彼の「火星からの信号」は自然現象だったと見なしています ^[48] ^[49]。
ドナルド・キーオー（UFO研究者）：元アメリカ海兵隊少佐のキーオーは1950年代の著名なUFO作家です。1954年、地球軌道上で空軍が未知の2つの衛星を追跡していると報道陣に語りました ^[50] ^[51]。この主張はブラックナイト伝説に初期の勢いを与えましたが、証拠や公式確認はありません。多くの懐疑派は、この記事はプロモーションのためやユーモア混じりだったと指摘 ^[52]。キーオーは自著販促の一環として刺激的な主張を繰り返していました。それでもスプートニク以前に〈異星機械が軌道を回っている〉という発想を根付かせた重要人物です。
NASAとスペースシャトル計画：近年の伝説で中心となるのがSTS-88の事例です。陰謀論では、NASAはブラックナイトの存在を「隠蔽している」と主張されています ^[53]。しかし現実には、NASAは1998年の写真を公式に公開し、その物体は失われた断熱ブランケットで異星船ではない、と一貫して説明しています ^[54] ^[55]。関係した宇宙飛行士（ジェリー・ロス、司令官ロバート・カバナ）も失われたブランケットについて公開で語っています。NASAはこの物体をカタログ化し再突入まで公表するなど、「隠す」どころか事実を公開しています。さらにNASAの技術者兼宇宙史家のジェームズ・オバーグはSTS-88チーム経験を活かし、ブランケット紛失の手順や、どのように神話化したか詳細に反証しています ^[56] ^[57]。つまりNASAの役割は、宇宙ごみの現実的説明と透明性の確保であり、陰謀論者の主張とは逆の姿勢です。
米軍および宇宙監視：名指しされることは少ないですが、米国空軍や海軍といった組織も登場します。1960年の物体（ディスカバラー8号残骸）の海軍による発見や、空軍の初期衛星追跡は「怪しい物体の証拠」とされることがあります ^[58]。今日、空軍のスペース・サーベイランス・ネットワークは数千の軌道デブリを追跡しており、もし未知の大型衛星が存在すれば確実にカタログ化されているはずです。実際、1998年のシャトル断熱材も米軍の宇宙監視によりカタログ化されました ^[59]。公式には、軍も宇宙機関も地球周回の異星衛星は一度も発見していません。冷戦中に誤警報や未確認レーダー反応はありましたが、いずれも判明した既知物体かセンサーエラーに帰されました。また、イギリスの「ブラックナイト」ロケット計画（1950～60年代）は名前だけがよく引用され、異星衛星とは無関係で軌道投入実績もありません ^[60] ^[61]。
宇宙飛行士ゴードン・クーパー：クーパーが1963年のマーキュリー宇宙飛行でブラックナイトと遭遇したという話は陰謀論で頻繁に引用されます。確かに彼は一般にUFO現象を信じていましたが、このミッションでの宇宙船目撃は全面否定しています ^[62] ^[63]。ですが彼の名は、「宇宙経験者が何か知っている」印象を与えるため頻繁に使われています。他の宇宙飛行士から同様の報告は一切なく、すでに無人・有人あわせ数千回の地球周回飛行があることを考えれば、「大型異星物体が長年見逃され続けている」可能性は極めて低いです。
ダンカン・ルーナン（サイエンスライター）：ルーナンは「ブラックナイト」そのものの提唱者ではありませんが、1973年に長遅延エコーパターンを分析し、月周辺に1万3千年前の異星探査機が存在という推論を提示しました ^[64]。後の著述家はこの仮説をブラックナイト神話に結びつけ、「ルーナンの仮想探査機＝ブラックナイト」と伝えました。ルーナン自身はその名称を使ったことも陰謀説を唱えたこともないと明かし、星図仮説も単なる仮想実験だったと述べています ^[65] ^[66]。誤解されたことで後に自ら誤りを認め、「ブラックナイト」に結びつけたのは他者だとしています ^[67]。とはいえ、1万3千年説やエプシロン・ブートゥス起源説は今や伝説定番となっています。
マルティナ・レッドパスと科学解説者：否定派側では、アーマー天文台のマルティナ・レッドパスなど科学普及者が意見表明をしています。レッドパスはブラックナイト伝説を「全く無関係な話の寄せ集め」だと形容しました ^[68]。天文学コミュニティの彼女や他の専門家は、すべての目撃・信号は普通の現象で説明可能か未検証のままであり、太古の異星衛星を持ち出す必要がないと指摘しています。こうした立場こそが科学的コンセンサスで、「注目すべき観測は調査すべきだが、ブラックナイト説は現代民間伝承に過ぎない」とされています。

メディア報道と大衆文化への登場

ブラックナイト衛星は人々の想像力を強く惹きつけ、メディア報道も多く、真面目な科学記事から大衆タブロイドまで幅広く取り上げられ、さらに娯楽やネット文化にも度々登場しています。

ニュースとインターネットメディア: インターネット時代において、ブラックナイト陰謀論はバイラル記事やYouTube動画を通じて爆発的な人気となりました。タブロイド紙やクリックベイト系のウェブサイトは、興味を引くためにドラマチック（しばしば非常に疑わしい）な記事を掲載しています。例えばイギリスのデイリーメールは、2017年に「人類を監視するために1万2,000年以上前に設置された異星人の衛星がイルミナティの精鋭兵士によって撃墜された、とUFOハンターが主張」と大見出しで報道しました。 ^[69]。このような秘密結社が古代の異星人の探査機を撃墜したという奇抜な主張は、証拠がないにもかかわらず、メディアの誇張がどこまでいくかを物語っています。一方で、主流の科学系出版物もブラックナイトについて取り上げていますが、それは通常「陰謀論を論破」したり、人々がなぜ信じるのかを考察するためです。Space.com、Live Science、Popular Mechanicsなどの媒体が、歴史を説明し、専門家の意見とともに陰謀論を否定する詳細な記事を掲載しています。 ^[70] ^[71]。さらに、TIME誌やVice（Motherboard）も、この現象を「宇宙のフォークロア」や陰謀文化の文脈で論じています ^[72] ^[73]。ブラックナイトの持つミステリー・宇宙・異星人の要素が、メディアが魅力を感じる理由であり、興味やクリック数を約束する物語です。
テレビとドキュメンタリー: この陰謀論は、超常現象やSF系テレビ番組でも取り上げられてきました。ヒストリーチャンネルの「Ancient Aliens（古代の宇宙人）」は、UFO系の傍流理論を扱うことで知られ、ブラックナイト衛星を古代宇宙人のテクノロジー事例のひとつとして紹介しています。同様にヒストリーの番組「The UnXplained」や他のケーブル番組も、ブラックナイトを本物の異星人の遺物である可能性について推測するセグメントを組み込んでいます。これらの番組は、しばしば事実と仮説が入り混じるドラマチックな手法で伝説を描いているため、ブラックナイトの謎を大衆文化に定着させています。さらに、多数のインディペンデント系ドキュメンタリーやYouTube映画がUFO愛好者によって制作されてきました。その一例が、リサーチャーのビリー・カーソンによる「Black Knight Satellite: The Untold Story」(2019) であり、陰謀論視点をまとめています。こうした作品は信者に訴求しますが、主流科学に裏付けられたものではありません。
フィクションと大衆文化: ブラックナイトは創作作品にもインスピレーションを与えています。2015年には、ペプシが「Black Knight Decoded」という短編SF映画を制作しました。この物語では衛星が地球にメッセージを送っているという設定で（デビッド・オイェロウォやフリーダ・ピントなどが出演）、プロモーションキャンペーンの一環としても登場しました。この伝説の魅力が企業マーケティングにまで浸透した一例です ^[74] ^[75]。ブラックナイトの概念―軌道上の古代異星人観測者―は、小説やビデオゲームにも登場し、ときにメジャー映画（たとえばトランスフォーマーやインターステラーでの言及など）にも誤って現れたと噂されますが、これらはファンの憶測や間接的なものでしかありません。この概念は文学にも表れ、一部のSF小説や数え切れないオンライン短編がブラックナイト伝説から着想を得た「異星人による監視衛星」をプロットのベースとしています。また、ブラックナイトはコミック、アート、音楽にもしばしば登場し（歌詞やバンド名で引用されることも）、その文化的影響力を裏付けています。要するに、ブラックナイトは現代の神話―ストーリーテラーが再創造する宇宙時代のフォークロア、となったのです。

真面目な記事から過激なタブロイド記事、テレビドキュメンタリーから企業制作映画まで、ブラックナイト衛星伝説はメディアへの露出で成長し続けています。語るたびに謎が強調され、その度にありふれた説明を知らない新たな層が引き寄せられます。このサイクルが陰謀論を持続させる要因となっています。次に、科学界がこれらの主張をどう解釈し、伝説の各要素をどう反論しているかを見ていきます。

科学的・懐疑的解釈

科学的な観点から、ブラックナイト衛星の主張は通常の現象の誤解と、人間のパターン認知傾向の組み合わせとみなされます。懐疑論者や専門家は、この説が成立しない理由について、以下のような重要な洞察を示しています：

無関係な出来事の寄せ集め: 既に述べた通り、Martina Redpath氏や記者James Oberg氏のような調査者は、ブラックナイトの背後に連続性のある単一の物体は存在せず、ただ無関係な逸話が後から編み合わされたものだと指摘します ^[76]。そもそも、当初の出来事自体に「ブラックナイト」という用語が使われていなかったのも、その証左です ^[77]。各証拠は何年、何十年も後から伝説に組み込まれており、後知恵バイアスで結び付けられています。SkeptoidポッドキャストのBrian Dunning氏はこの話を「想像力による創作」であり、様々な出来事をストーリーとして後付けしたものだと述べています ^[78]。つまり実体ある陰謀というより、ストーリーテリングの産物なのです。
人間のパターン認知と陰謀文化: 心理学者は、人はとくに宇宙の謎にはパターンや意図を読み取りやすいと指摘します。ブラックナイト伝説が根強いのは、我々の「異星人」や「秘密の隠蔽」への魅力をくすぐるからです。Space.comの分析が述べるように「私たちの脳はパターン、物語、隠された意味を探すようにできている」のです ^[79]。曖昧な信号や画像を前にすると、人は得てして偶然よりも「何者かの意図」―たとえば異星人―を想定しがちです。この理論は従来のUFO文化や権威不信（例: NASAが証拠を隠しているとする考え）とも親和性があります。宇宙考古学者Dr. Alice Gormanによれば、本来なら宇宙陰謀論はもっとあっても驚かない、とし、「全ての軌道上のゴミを検査できない以上、“見えないもの”は何にでも想像できる」と指摘します ^[80] ^[81]。要するに、ブラックナイトとは現代神話―想像力と「未知」の魅力が燃料の物語なのです。
実現可能性と物理的問題: 科学者はまた、ブラックナイト仮説の現実性自体にも批判的です。軌道力学は重大な懸念材料です。地球低軌道に1万3,000年も物体を維持することは、推進力なしには本質的に不可能です。大気抵抗、重力摂動、衝突などで、そんなオブジェクトはとっくになくなっているはずだといいます。「どうやって1万3,000年も物体が軌道を維持するのか？」とGorman博士は問い、衛星には定期的な軌道制御が必要─さもなくば最終的に崩壊して落下すると指摘します ^[82]。支持者は「異星人の超技術」などと主張するかもしれませんが、それは特別扱いという詭弁です。加えて、本当に古代プローブが極軌道にあったなら、現代のレーダーや望遠鏡で検出されるはずです。数千人の専門家・アマチュア惑星監視者が人工衛星を追跡していますが、1998年のブランケット事件以外、観測報告が全くないのも有力な反証です。要は、長期間の隠密衛星というロジスティクス自体が物理学的に無理があります。
「証拠」とされた各事象の現実的な説明: ブラックナイト伝説のほぼ全ての要素には、良く知られた地球由来の説明があります：
- テスラによる1899年の信号は、自然のラジオノイズまたは干渉である可能性が高いです（極めて高感度の受信機を作っていたため） ^[83]。当時は火星や他の惑星に送信機はなく、テスラの同時代人も懐疑的でした ^[84]。
- 1920年代のロングディレイエコー現象も完全な解明には至っていませんが、異星人は不要です―イオノスフィアでの反射やプラズマ効果など科学的仮説が考えられています。そこに「メッセージ性」はなく、ただ送信信号が遅延して跳ね返っただけです ^[85]。
- 1950～60年代の謎の人工衛星は、人為的な誤認または秘密の人間のハードウェアでした。1960年の物体は、機密解除された文書でディスカバー8号の残骸と確定しています ^[86]。当時、未知の人工衛星が発見・長期追跡された例はありません。
- STS-88「ブラックナイト」写真は有名な物体―「サーマルブランケット（断熱カバー）」です。これは複数の証拠（宇宙飛行士の証言、ミッション記録、NASAのカタログ、独立系画像解析）で裏付けられています ^[87] ^[88]。スペースフライトの専門家は、写真ごとに物体の向きが変わる様子は「軽いブランケットが回転・翻弄している」と指摘します（向きによって不気味な形・宇宙船のようにも見える） ^[89]。実際にSTS-88写真には、同じ構造体の反対側にブランケットがまだ付いたままの比較写真もあります ^[90]。よく見れば、超自然的要素はありません。
- ブラックナイトが信号を送り接触を図ったという主張も根拠はありません。テスラ・LDE事件以外、未知の軌道上物体から確認済みの信号は検出されていません。無線天文学者やアマチュア衛星ウォッチャーも、「既知の人工衛星」を除く知的ビーコンを捉えたことはありません。

以上の点から、科学界のコンセンサスは、ブラックナイト衛星が本物の異星人の人工物ではない、というものです。実態は誤解と神話と勘違いの集合体に過ぎない、というのが多数意見です。ある天文アウトレットはこう結論しています──「宇宙は広大で、天文学者たちはほかの生命の兆候を探し続けている…だがブラックナイト衛星はその答えではなく、かつてそうだったこともない」 ^[91]

反論および公式な説明

長年にわたり、多くの公式声明や調査がブラックナイト説について触れてきましたが、いずれも一貫して通常の説明で片付けられています。ここでは陰謀論に対する信頼できる反論をポイントごとにまとめます。

1998年の写真に対するNASAの説明：NASAおよび関係した宇宙飛行士たちは、STS-88ミッション中の出来事を詳細に記録しています。宇宙飛行士ジェリー・ロスは、船外活動中に設置していた断熱ブランケットが手の届かない場所へ漂流してしまったと回想しています ^[92] ^[93]。ミッション記録にはクルーが紛失に気づいた瞬間が記載されています ^[94]。NASAの写真公開アーカイブには、この物体は「宇宙ゴミ」とされ、スペースシャトルの断熱カバーであると明記されています ^[95]。元NASAエンジニアのジェームズ・オーバーグは徹底的な調査を行い、同僚へのインタビューやミッションデータの検証を通じ、すべての詳細が一致することを確認しました：「すべての過程が、私がスペースフライト専門家として学んできたことと一致している――なぜブランケットが必要だったのか、なぜ外れたのか、なぜあのように漂っていったのか。」 ^[96]。NASAはむしろ写真を自らサーバー上で公開していました。（皮肉にも、後にNASAがウェブサイトの再編で一部画像リンクが切れたことで、陰謀論者たちは「証拠隠し」だと主張しました ^[97]。）実際には、この物体は無害なデブリ（座席クッションほどの大きさ）であり、アメリカ空軍のスペース・サーベイランス・ネットワークにも登録、1998年12月に地球大気圏で燃え尽きました ^[98] ^[99]。謎の宇宙船などではなく、不運にも失われた通常の機器だったのです。
初期「衛星」報告の公式調査：アメリカ政府は、初期のブラックナイト関連の出来事について間接的に対応しています。1960年の未知の物体は、当初ソ連製と疑われ、国防総省によって迅速に調査されました。数週間後、『Time』誌1960年3月7日号などで、ディスカバーVIII（Discoverer VIII）の一部と特定されました ^[100]。後にCORONA計画が機密解除され、公になったことで、ただの秘密衛星の残骸であることが明らかになりました。一方、1954年の目撃談については、空軍がそのような物体を実際に検知した証拠はほぼ皆無であり、キーホーによる憶測だったようです。1950年代当時に未知衛星が軌道上で確認された公式記録はなく、空軍はソ連の打ち上げや自然衛星の監視をしていましたが、該当する発見はありませんでした。著名な天文学者クライド・トンボーも、1950年代のプロジェクト・ムーンウォッチで衛星探索に従事しましたが、既知の人工物や自然物以外は発見しませんでした ^[101]。仮に13,000年前の異星人工衛星があったなら、当時の観測で見逃されることはなかったはずです。
ニコラ・テスラの信号に対する説明：テスラの1899年の「火星からの信号」主張は誰によっても検証されておらず、テスラ自身も強く追及しませんでした。現在の科学では、ごく普通の説明が成り立ちます。有力な説として、テスラが大気中のラジオノイズや地球上の遠隔送信（当時マルコーニが世界中で実験していた）を受信した、というものです。また、テスラがパルサーのような天体ラジオ源を偶然捉えた可能性も取り沙汰されていますが、テスラの装置では一般的にそれらは検出しにくいとされています ^[102] ^[103]。NASAジェット推進研究所の科学者ヴァロウジャン・ゴルジアンは「もしテスラが本当に何かを聞いたのなら、それは“おそらく地球由来だった”」と述べています ^[104]。要するに、テスラが異星からの信号を受信したという説得力ある証拠も、地球軌道上の物体と結びつける根拠もありません。
ダンカン・ルナンによる撤回：1970年代、ブラックナイト説に学術的重みを与えたダンカン・ルナンの仮説は、本人によって撤回されています。ルナンは、エプシロン・ブーツからの探査機という自らの記事は断定ではなく、後に自身の分析に誤りがあったことを認めました。彼はインタビューや著作を通じ、「ブラックナイト陰謀論を支持するつもりはなく、“13,000年前の衛星”が存在すると主張したわけではない」と明確にしています ^[105] ^[106]。多くの陰謀論サイトが彼の1973年の論文を証拠として引用しますが、提唱者自身が理論とブラックナイトの関連を否定している事実は、信者によく省かれています。
科学界の一般的見解：世界の宇宙機関や科学者は、地球軌道上に異星文明の衛星が存在する証拠は皆無であると一致しています。NASAやESAなどは、稼働中の衛星からスペースデブリまで、地球周回物体を日常的に追跡しています。数万個以上のデブリが監視されており、巨大で異常に古い物体が安定して周回していたら必ず発見・調査されるはずです。時折、未知の物体が検知されることもありますが、決まってロケットの部品や古い衛星の破片、あるいは地球重力圏に一時的に捕らえられた小惑星などの自然天体であることが判明します。例えば2020年には、新たな「ミニムーン」の発見が報告されましたが、正体は1960年代の廃ロケット部品で、宇宙人ではありませんでした。ブラックナイト再出現の主張がある際も、専門家は既知の物体に辿りつくか、なぜ謎でないか説明することができています。したがって、現在地球が古代異星探査機に監視されている証拠はないというのがコンセンサスです。
公式見解の結論：ブラックナイト衛星は魅力的な物語であり続けていますが、公式な情報源はいずれも一貫して虚構だと断じています。NASA広報も、「地球周回軌道上の異星衛星の証拠は“まったくない”」と明言し、スペースシャトルの物体についても「断熱ブランケットに過ぎない」としています ^[107] ^[108]。著名なUFO研究家でさえ、ブラックナイト伝説は現実よりも神話であると認めています。科学の観点では、ブラックナイトはわずかな事実の欠片から人々が壮大な物語を構築した好例です。古代の人工衛星の証拠が決定的に示されない限り（今のところ皆無）、ブラックナイトは陰謀論の域を出ることはないでしょう。

これほどまでに詳しく否定・解明されても、ブラックナイト衛星陰謀論は完全に消える気配がありません。いまだネットフォーラムや深夜ラジオ番組、空想小説の中で語り継がれています。それは現代の神話――未知への人類の根源的な憧れの現われでもあります。結局のところ、「13,000年前の異星人工衛星」という物語は、文字通りの現実ではなく文化現象として理解すべきものです。広大な宇宙で意味を求める、私たち人類が自らに語る宇宙ミステリーの一つなのです ^[109] ^[110]。

参考文献：本レポートの情報は、歴史的ニュースアーカイブ、NASAミッション記録、天文学者および科学コミュニケーターの分析に基づいています。主要な出典として、ブラックナイト神話に関するSpace.comやLive Scienceの特集記事 ^[111] ^[112]、専門家のコメントを含むPopular Mechanicsの調査記事 ^[113] ^[114]、アーマー惑星科学館による陰謀論の検証記事 ^[115] ^[116]、STS-88ミッション関係者・NASA公式声明などがあります ^[117] ^[118]。これらの資料をはじめとする数多くの情報源は、ブラックナイト衛星が誤解に基づいた伝説であり、実在の異星アーティファクトではないことを詳細に示しています。